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11月14日、15日の2日間、那覇市で開催された会議に、委員として参加してきました。
宿泊したホテル。 職業病的に、やはりホテルインテリアは気になるところ。 部屋は、県の担当課が依頼した旅行会社さんがご準備してくださいました。 造作建具や家具類の樹種は、南洋材らしさが見られますね。 琉球石灰岩の淡いクリーム色と、柔らかい石肌、ヤシの木なんかが、沖縄らしいです。 さてチェックアウトを済ませ、2日目は現地視察のバスツアーです。 ホテルから徒歩4分ほどの、県庁前広場に集合です。 沖縄県庁 行政棟 1990年竣工 設計 黒川紀章 那覇市役所 2012年竣工 設計 国場幸房(㈱国建) バスは2台で。9:00出発。 まずは、嘉数高台公園へ。 沖縄地上戦については、TVでのドキュメンタリー番組を積極的に、ほぼ欠かさずに観ているつもりだし、本で読んだり、写真集を見たり・・と、自分なりに学んで来たつもりですが、この日は、実際に子供の頃に体験された語り部の方がガイドに来てくださいました。 個々人の、また家族単位での、具体的な出来事を生々しく語ってくださいました。 きっと、ガイドに与えられた20分間程度では、語り尽くせないぐらいの出来事、思いがあったに違いありません。立ったままの、聞きかじりのような語りで、申し訳ないような気持ちになりました。 沖縄県中部の読谷村に上陸したアメリカ軍は、沖縄を南北に分断しながら攻め続け、軍の司令部は南に南に追い詰められていきました。 その間、地形的に丘陵や高台になっている個所は、地上戦では敵を待ち伏せして攻撃できる場所となったのでしょう。この嘉数高台も、地上戦の中での屈指の激戦地となった場所だったとのことです。 アメリカ軍の戦車を撃退させた数では、沖縄でも一番だったと。 高台周辺には、一般市民が暮らしていた集落も広がっており、壊滅的な被害と命が亡くなりました。 日本軍を構成していた兵隊さん達も、日本各地から招集されており、出身県ごとの慰霊碑もたくさん残されていました。 高台に上る階段。 普天間飛行場がある宜野湾市の職員の方が、飛行場返還のことや返還後の都市計画についてご説明くださいました。一筋縄ではいかない事情や、日々の業務のご苦労、市民が被っている騒音被害や、過去に起きた基地関連の事故、事件、最近問題が大きく取り上げられるようになった水源の汚染問題などなど、多岐にわたるお話を短時間にまとめてしてくださいました。 普天間が返還される代わりに、辺野古に新たに基地が造られる問題に、同じ県民として断腸の思いである胸の内も聞かせてくださいました。 行政の職員とは言え、国やアメリカという大きな力の下で、思うように仕事を進められないジレンマや苦しさがあることも生の声で聞くことができました。 バスに戻る途中、民家の建ち並ぶ住宅地の細い道を歩きました。 沖縄の水道メーターは、地中に埋めずにこんな感じで露出しているのが一般的。 冬場、凍結する恐れがないからでしょうな。 それと「石敢當いしがんとう」も、あちこちで見られます。 魔除けの意味があるそうです。中国から伝来したものだそうですが、古来からアジアとの交易が盛んだった琉球ならではの風習が、今も残っているのですね。 「魔」は、直進することしかできない・・と言われており、T地路や、曲がり角などに取り付けることが多かったそうですが、今は、そんなことに構わず、家の外構のあちこちで見かけました。 次の研修地に移動します。
by aiarchi555
| 2024-11-17 13:19
| 旅人
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