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旅の3日目、11月3日。
朝9:36 東武日光駅前発の日光市営の路線バスに乗って、足尾に向かいます。 私のように観光目的で乗る人もいれば、日常生活の足として乗る人もいるのでしょう、普通の路線バスですからね。 日曜日の朝とあって、日光方面から足尾方面に向かう乗客は6人だけでした。 フツーに路線バスの仕様のバスの中、買ってきたカレーパンを食べるような空気ではなかったので、お昼までお預け・・・デス。 発車したものの、日光市街地から中禅寺湖方面へは、すでにものすごい渋滞が始まっていて、ホントに全然進まない・・・。 足尾方面に向かう道も、中禅寺湖方面に向かう道と途中までは同じ。 清滝という地名のところで分岐しますので、清滝まではこんな調子なのでしょうな。 時刻表では、10:23に足尾駅に着く予定ですが、さて、何時に着くのやら・・・。 日光に行くことを決めた時のこと、日光を訪れて観光を終え、また同じルートで東武日光線で帰って来るのは味気ない・・、違うルートで東京に戻ってくる方法はないのかな・・と地図を見ていたら、足尾の方にバスで出て、わたらせ渓谷鉄道に乗って群馬県桐生市に戻って来る・・というルートを見付けました。 わたらせ渓谷鉄道のトロッコ列車に乗りたい!!と子供のような期待を抱き、トロッコの発車時間を調べたところ、足尾駅発は、11:37発と13:57発と15:34発の3本。トロッコでなければまだまだ本数はあるのですが・・・。せっかくだから、やっぱトロッコでしょう。 最初は11:37のに乗って群馬に出てきたついでに、富岡製糸場まで行けるかな?とか欲張っていましたが、それはあまりにも無理があり過ぎるので、13:57のトロッコに乗ることに変更しました。 バスが渋滞で全然進まないことなど、その時点では想像もしていませんでしたが、今となっては午後のトロッコを予約して大正解だったと思いました。 足尾と言えば、足尾銅山。 日本最大の銅の鉱山と精錬所があり、近代日本の鉱業遺産でもあると同時に、鉱毒による大気、水質、土壌汚染による公害問題も忘れてはならない歴史です。 小学校の頃、田中正造のことを習った時には衝撃を受け、図書館で伝記を借りて読んだこともありましたな。 朝のうちに足尾入りし、昼過ぎのトロッコに乗るまでの時間、足尾銅山の通洞抗が残っている銅山観光に行くことを決めたのでした。 バスは清滝の町の停留所を通り、いろは坂に向かう道と分岐して国道122号線に入った途端、急に進み始めました。ちょうど山越えするあたりは、日足(にっそく)トンネルに入り、停留所も無く、これまでの渋滞を取り戻すようにビュンビュン走ります。 mapを見ると、いろは坂顔負けのヘアピンカーブだらけのグネグネ道があります。トンネルが出来る前は、このグネグネの旧道で山越えをしていたのでしょうな。 3連休の中日、足尾の方からバイクで日光に向かうライダー軍団とすれ違いました。 旧道を走るのでしょうかね?楽しいでしょうね。 山を越えると、停留所で、お客さんが2人3人と降りていきました。 地元の人だったのでしょうかね? 気が付くと、バスには私ともう一人、計2人の乗客しかいません。 運転手さんが「どちらまで?」と声をかけて下さり、2人とも行先が一緒、足尾銅山観光前まででした。 もう一人の乗客の方は、日光から足尾に来て、また観光を終えたら日光に戻るのだそうです。山口県から仕事で関東の方に来られて、休日だから日光に遊びに来た・・ってことでした。 足尾の鉱山で栄えた辺りまでバスが山を下りてきました。 「間藤(まとう)」駅の停留所。 わたらせ渓谷鉄道の終点の駅です。 バスの窓から慌ててスマホカメラで撮ったので、ちゃんと駅名が入りませんでしたが・・・。 電車は現在、間藤までしか来ませんが、昔はまだまだこの先の方まで線路は続いていました。 廃線になった線路の跡で写真を撮っている人もいたりして・・・。 廃線跡を歩く鉄道マニアもいますしね。 足尾でも、廃線を歩くイベントや、鉱毒で植物が枯れた山を再生する環境再生のイベントなど、鉱山の歴史に関わる取り組みがいろいろと企画されているようです。 鉱山が閉鎖されてから、町もすっかり衰退してしまったのでしょうね。 その昔、鉱山が最盛期の頃は、日本一の鉱山の町として、どんな賑わいがあったのか・・・、想像しながら車窓からの景色を見ていました。 私の住む延岡から、日之影高千穂にかけての旧鉱山は、かつて亜ヒ酸の製造で鉱毒被害をだした土呂久公害で知られています。 足尾の歴史は、土呂久の歴史と同じ。 寂れた町を景色を眺めながら、ちょっと切ない気持ちになりますね。 間藤から赤倉という方面までバスは入って行って、また同じ道を間藤駅前まで引き返してきます。 鉄道が無くなって不便になった奥地まで、地元民の足として路線バスは入っていくのですね。 そこから足尾駅を通過して、通洞駅も通過して、銅山観光入口という停留所の案内がありましたが、運転手さんが「次の銅山観光前で下りた方がいい」と教えて下さり、残った2人の乗客はそこで下車しました。 親切な運転手さんは、帰りにまた日光まで戻るバスの時刻まで教えて下さいました。 ありがとうございます。 あんまり画像のない回でしたね。 その37につづく。
by aiarchi555
| 2019-11-14 19:27
| 旅人
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Comments(3)
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